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フリージャーナリスト・通訳 永冶ベックマン啓子によるコラム集のページにお越し頂き、
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ミュンヘン市南部の住宅地帯の庭で、先日珍しく白山吹の清楚で可憐な花をみた。日本の岐阜県の自宅に、昔からの株があり何年経つてもあまり大きな株にならないが、昔から見慣れた花と葉なので懐かしく、地味でもあるその花に愛着を覚えながら、しばらく足をとめてジーと眺めていた。

その隣には、異種の八重の黄色い山吹の大きな株があり、最盛期は過ぎているがまだいくつか花が残っていた。ドイツ語でも英語でも「日本の小さなバラ」と呼ばれているようにバラ科の花である。。

万葉にもよく歌われ、「夜麻扶枳」「夜万夫吉」「也麻夫技」と決まりがなく苦労が見られるが、漢名は 棣棠(テイタウ)と言う。
後に「山振」が和字の由来とされ、風に枝が揺れている様の意と考えられる。

黄色い山吹は日本の雨の季節の中で、雫をつけて咲いているのが合つているようで、兼明親王や大田道灌の故事は随分昔に父から聞いた記憶がある。
山吹の里の本家は、豊島区高田1-18と言われている。

「七重八重花は咲けども山吹の実の(蓑)ひとつだになきぞかなしき」

この歌を知っていた「紅皿」と言う風流な名のどこか気品を感じさせたと言う若い女性は、二八あまりの女(しずのめ)とあったが、28歳ではなく16歳という事で、どうしてここで掛け算にしたのか、不思議に思った。

かなしきは、あやしきから来ていて、怪しき は不思議と言う意味があると同時に、道理や礼儀に外れていると言う意味で当時使われていたようだ。

しかし、実がならないのは雄株なので、中国原産地には雌株があり実もなり、しかし花があまり鑑賞に堪える程美しくないので日本に入らなかったと聞いた事がある。かなしきを、悲しきと今風に解釈すれば、山吹自体が悲しむのは、それ程美しくなくても実がなる雌が居ない事にきっと違いがない。

五弁の一重の黄色い山吹や 四弁の白い山吹には、最初は緑やがて赤、そして黒紫色の硬い実がなる。この実は蒔いてみたが芽も出ず、毒であるというが、何のための実なのかよく分からない。少しの毒は案外薬になるかも知れない。
山吹草という多年生草木があり、花が黄色でよく似ているが けし科である。

故 井波一雄先生の「薬草健康法」によれば、黄色い花の山吹には、薬草としての効用もある。

花盛りの全草を切り取り、陰干しにし、これを15gと、スイカズラ全草の干したのを同量の15gを合わせて、0、4リットルの水で半量に煎じ、1日3回食間に飲むと神経痛によく効くと、富山県で伝えられている。
京都にも同じ方法が知られているので、文化の交流があった事の証拠であろう。

山吹の黄色い花の色素はカロチノイドの一種であるヘレニエン。

故井波一雄先生は、名古屋に生まれ、子供の頃から植物に興味を持ち、日本全国の山野を跋渉して独学独習で植物学を収められた。
旧文検に合格し、中学高校の教団に立つかたわら、井波植物研究所を設立。

故牧野富太郎、大井次三郎両博士を初め、植物界の歴々に知遇されながら、植物の研究と啓発に努めた。

主著書に「日本すみれ図鑑」「薬用植物学」「薬草健康法」など多数ある。

特に井波先生の細密な植物画には定評があり、父が発見した新種の「毛呂窪旗桜」の画は私の宝物のひとつとなった。
井波先生の娘さんとは昔からの友達で、「春休みも夏休みも、休みになると父は
山に出かけてしまい、私も母も寂しかった」などと 思い出話をよく聞いた。

植物の話は楽しくて終わる事がなく、それ程大きくないお庭や狭い通路には日本の万葉時代からの珍しい植物があふれていて、その説明を聞くのがまた楽しく素敵な所だった。


永冶ベックマン啓子  ミュンヘン在住    25.06.2011


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