10月の上旬、10kgのリュックザックを背負い、30km行進する日がとうとう来た。今までこんな距離を歩いた経験は誰にもなかったそうだ。

 30人位でスタートし、最初の半分15kmは勢いをつけてかなり早く歩いたが、休憩地点に近い時点では、リュックザックがずしりと肩に食い込んで重く感じられ、足が何箇所かひどく痛み、足の裏全体もあまりにも重く痛く、林檎とフルーツティをもらい、林檎をかじりながら休憩したという。

 靴を脱いで見ると、水泡が幾つか出来て、敗れているものがあった。
休憩している間に、どんどんと追い抜かれていくが、痛くて歩けない。

バンドエイドもなく、仕方がなくティッシュペーパーを入れて、痛みに耐えながら ゆっくり歩いてゆくと、同じ部屋の仲間が膝が痛くて歩けないと休んでいたので、「 じゃ、一緒に歩こうかと休憩しながら、時計を見ながら進んだ」。

 ゴール近くまで来た時、仲間が「俺 ビリにはなりたくない!」と急に言い、凄い勢いで走って行ってしまった。1人、足を怪我して途中でやめた仲間がいたので、4時間30分で全部終了し最後から2番目で一応合格。

 週末足の裏を見ると、たこやまめや傷があり、見るも悲惨な足になっていた。みんなの足も、酷い状態だそうだ。角質などは、特殊な化粧水で溶かして簡単に綺麗に取れるが、しばらくこのままでいいという言うので、消毒とクリームの簡単な手入れで済ませていた。

 10月には、アフガニスタンの現状を、映像や写真を見ながら、話を色々と聞いたという。アフガニスタンの厳しい自然条件や、ロシア軍に男性が殺されてしまい、今の男性の平均年齢が30歳で悲惨な国だと話し、息子はPCでアグガニスタンの事を更に検索していた。

 94歳の祖母が、ころんで右手首を打撲し腫れ上がり入院してしまい、息子と父親が兵舎での写真を持って見舞いに出かけた。(私は仕事でミュンヘン不在)

 ロビーで、赤いガウンをきて、1人ポツリと物思いに沈んでいた祖母を見つけて驚いたという。涙ぐんで「本当に二人とも良く来てくれたわね!」と孫の写真を喜んでみた後、「ちょっと、あんた達二人にお願いがあるのよ。病室は3人部屋で、82歳と85歳の女性がいて、もう病気と年金の話ばかりで、暗くて厭になり廊下を散歩したりしてたけど、二人にどうしたのよ、あんた 落ち着かないわね」と言われたの。
それで、「話が暗いから、ちょっといい男でも見つけてくるわよ!」と祖母は言い、部屋を出て、それでロビーに1人で居た事がわかった。 

2人の大きな男が、小さなおばあちゃんを真ん中にして、抱きかかえるように病室に入り「ほらッ、いい男を見つけてきたわよ~」と自慢そうに言い、もう二人の老女が本当に嬉しそうに驚いたそうだ。
直ぐに家族だとわかるが、部屋に明るい太陽が急に差し込んだように、話が弾んで笑い声が溢れた。山岳隊の話をみんな聞きたかったそうだ。

冗談を言って笑わせ、最後にクラウスはお別れの挨拶でわざと眼鏡を外し、隣のおばあちゃんの頬にチュッとして、「マミーライン(お母ちゃん)、今日は何だか感じが違うね」、とふざけるとみんながまた大笑いして、笑い過ぎて1人がプーッと音を出してしまい、また5人で爆笑。あまり笑い声が聞こえるので、看護婦さんが何事かと様子を見に来たそうだ。

 兵役代替で老人ホームや病院で勤務する若者も多いが、高齢者と若者が接する事はお互いに意味が大きいし、人件費の節約にもなり、ドイツの福祉を支えている事は確かである。

もうかなり寒くなった11月の半ば、戦車に乗りこみ オーストリアとの国境近くに4日間の迫撃砲の訓練に出かけ、今度は夜寝るのはテントではなく、戦車の中だったそうだ。 

戦車での演習は繋ぎのユニフォームを着るという。特殊なブーツを履いたままで寝て、2時間ごとの交替の見張りがあるから、続けて寝ることは出来なかったそうだ。しかも外は、かなり冷え込んでいたという。

暖房は効いていたものの、内部は狭く隊長だけが横になり、4人は壁にもたれて寝たそうだ。この時の訓練用の戦車は、ベトナム戦争の時使用されたものだ、と聞いたそうだ。他にもヘリコプターや、何種類かの武器も中古品が使われているという。                    ( つづく )

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