ミュンヘン空港
                  永冶ベックマン啓子

 ミュンヘン市内から北へ30km、標高448mのエアディング モースに、別名 フランツ・ヨーゼフ・シュトラウス空港が今から16年前の1992年5月
17日にオープンした。市内から電車で40分、車だと30分で到着できる。

 1939年から使用されていた古いリーム空港はミュンヘン郊外9㎞に位置していたが、準備周到に1晩で大引越を上手くし、見事な組織力を示した。
この後、羽根田飛行場から視察団が訪問、その時の通訳は筆者が担当した。

 飛行場の名前は、保守政党キリスト教社会主義同盟(CSU)を結成し、バイエルンの父と言われた政治家、当時州首相であったシュトラウス(1915-1988)、から取られて命名された。
彼は肉屋の次男として、ミュンヘンで生まれ育っている。
ギムナジウム卒業試験は成績は体育を除き全て優でトップの秀才、ミュンヘン大学でラテン語、ギリシャ語、歴史、文学、経済等を学んだ。、

戦争時は西部、東部戦線、デンマーク、ルール地方と転戦し、バイエルンで高射砲部隊に配属され、終戦時の最終階級は国防軍上級中尉、(w.Oberleutnant),1949年ドイツ連邦共和国が発足、第1回連邦議会選挙で当選し、当選回数は
11回、CSUの幹事長、議長となった。戦後国防大臣や大蔵大臣も務めた人物である。
1952年2月、当時のコンラード・アデナウアー首相(1876-1967)が連邦議会で答弁中に意識を失い倒れた際、シュトラウスは演壇に突進、アデナウアー(当時76歳)を抱きかかえ、頬を数回強く叩き、彼の腕の中でアデナウアーは意識を取り戻して、病院に運ばれ何事もなかった。
この時のシュトラウスの敏速で毅然とした態度と行動は、ドイツ人に強烈な印象を与えた。後CDU,CSUの統一首相として立候補したが、SPDヘルムート・シュミット首相に敗れた。

2003年には、第2ターミナルがオープンし、1618haの面積となった。
4000mの滑走路が、2,3km離れて2本 あり、ヨーロッパ内では7番目に大きな空港で世界250の都市に飛び立ち、地理的にはEUのほぼど真ん中に位置している。
飛行場建設当時、土地問題で工事が難航した時があった。
農業が発達した地域で、飛行場建設予定地のほぼど真ん中に位置する大農家が「先祖代々農業を続け愛着有る土地を、簡単に譲るわけにはいかない」との理由で動きたくないと裁判にかけた。

 困り果てた飛行場建設チームは、同じような土地問題が起きている成田空港の問題研究会を作り、メンバーが成田に飛び、その問題を調査して研究した。
帰国して出された結論は、簡単に言えば、農家の土地と州の土地を同面積で交換して、しかも農産物の価格を一般市場価格より高い値段で飛行場の2万人分のレストラン用に購入する。これで、訴訟問題の裁判は丸く終了した。
結果として400人の住民が、転居した。
その地域に生息していた鹿、ウサギ、狐、穴熊、針ねずみ、かえる達の為に
動物専用の獣の道・トンネルも作られている。

この飛行場は、昨年行われたヨーロッパの飛行場コンクールで、一番美しく魅力的な飛行場として1位に選ばれた。

日本の中部国際空港 セントレアと姉妹関係を結んで文化の交流も為されている。本年は日本女性達による“源氏物語”をテーマとした大きなキルトとデコパージュの展示会”がなされ、かなり人気があり好評であった。

ドイツ国内では、フランクフルト/マイン国際航空についで2番目に利用客の多い空港である。ヨーロッパで一番利用客が多い空港は、ロンドンのヒースロー、2位がフランクフルト・マイン、3番目がパリのシャルルドゴール空港。

ガラスと白いパイプを使用し、ダイナミックな空間を作り、人間工学的にも時差が調整可能にデザインしてあり、掃除が行き届いてピカピカで無臭である。
また 飛行場に到着してから、出発までを最短距離で移動できるようにと、駐車場も個人用乗用車、バス共に十分駐車場は細かく配慮され確保されている。

一番最初のミュンヘンの飛行場は、現在のオリンピック 公園で、1938年のミュンヘン会談のおり、英国のチェンバレン首相はそこに到着している。

本年トランス・ラピッド計画は中止となっているが、液体水素で飛行場内を走るクリーン・エネルギーのバスが増えている。通訳で試乗した事があるが、他のバスとの変化は感じられなかった。
ミュンヘン在住  ナガヤ ベックマン ケイコ   3.10.2008

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