北朝鮮による原子爆弾テストによる衝撃波は、月曜日深夜2時54分、南ドイツのバイエルンの森でも測定された。

南朝鮮の研究者は震度4,5を、USAからは震度4,7を計測したと報告があった。
広島に落とされた原子爆弾とほぼ同じ大きさか、あるいはその3分の2の爆発力があったと推測され、2006年度より10倍強力な爆発力となっていた。

ドイツの東アジアエキスパートのマウル氏は、北朝鮮には原子爆弾のテストを行った理由が2つあり、攻撃は自己防御の為と近隣諸国と世界に破壊的な挑戦をしたと語る。1つは、過去で味を占めた北朝鮮は、世界に財政と食糧物質の援助を脅迫的に求めた。しかし、益々袋小路の窮境に追い詰められ、更に行き詰るだろう。

2つめは、独裁者の映像をみれば、脳梗塞の病気から回復したと言われるものの、病的な様子は隠せなく、まるでゾンビのような姿になり、25歳の跡取り息子の将来と国政を考えた為であろう。

ドイツのジャーナリストが隠しカメラを持ち、中国と北朝鮮の国境を流れる川まで行き、脱北者の若い女の子とその弟に同行した映像が最近紹介された。
川の向こう岸には、2人の北朝鮮の警官が銃を持ち立っているのが見えた。

凍てついた川岸には長い髪の女性のうつ伏せの遺体が半ば氷の中にあり、長く放置されている模様だった。洋服が濡れていると中国側で怪しまれるからと、すっ裸になり洋服を頭の上に載せて冷たい川を歩いていた男性がいた。

中国側に到着した姉と弟は、直ぐに携帯で母親に連絡を取った。東ドイツ出身のジャーナリストに色々と話をしていたが、「あそこは世界一酷い地獄のような所よ、人間が住む所ではないわ」、と青白い顔を恐怖で強張らせていた。

長距離列車で大陸を横断、列車の中にいる中国の警察官に怯えながら南の国境で降り、人目を避けてジャングルを死に物狂いで歩き、隣接する国に逃亡した。
何も食べられない程憔悴しきり、中国を脱出すると、そこには援助する人がいて南韓国への道が開ける。
昨年1年間で、約2,800人が脱北に成功し、同じ位の人数が中国警察局に山中などで見付かり、戻されている。北朝鮮では想像を絶する待遇が待っているという。今後、この脱北者が更に増えると予想されている。

ドイツのテレビでは、1950.6.25~1953.7の朝鮮戦争時の映像が紹介された。
今再び冷戦が始まったと告げる解説者の様子は、ドイツ人が自らの歴史に今の問題を重ねて見ているのがよく分かる。

1950年、NATO が14カ国で結成され、本部はブリュッセルに置かれた。
    コンラード・アデナウアー初代連邦首相/CSUとテオドア・ホイス連邦
    大統領は、再軍備の基本構想を論議検討させ、旧体制との決別を明確 
    に考慮し切り離した。プロイセンのドイツ軍隊の伝統も引き継いでいなく、兵士には命令の違法性を正しく判断しての「抗命義務」が付与された。
1954年 仏議会では、ドイツのNATO加盟が否決された。
    (自らが、戦争の大きな原因を作った反省等はなかったようだが)
1955年 ドイツはNATOに加盟し、再軍備がが開始され、11月正式に連邦軍   
    が誕生する。
1956年 徴兵制がドイツ与野党一致の決断で導入された。
1957年 連邦軍が創立され、18~45歳までの全国民男性に12ヶ月間の国民の学校として徴兵義務が課せられた。最初に新しく徴兵に召集されたのは、1937年7月以降に生まれた人達である。

ドイツ人が世界最強の戦士と感嘆する“侍”のDNAを持っている日本男性がい
る日本の自衛隊はきっと優秀だと私は確信する。

日本国民を本当に防衛出来る様に、正しい歴史認識を持ち、国は戦勝国が作成
した憲法と決別して、世界のおぞましい性悪説の現実を見つめ、また世界の常
識を考えて正式な国防軍として自衛隊を認知する必要が今こそあると思う。
将来を担う日本の若物が、大人になる学校として、一定期間自衛隊で基礎訓練
を受ければ、見違えるようにしっかりしてくる。
我子が人間力を身につけて自立する事を願わない親はいない。自らの憲法で、自らの国を守り誇りある自立国家にする事を願わない日本人は、日本人ではないと思う。外国に住むと、背中に日本を背負い、どうしても愛国心が強くなる。

(ミュンヘン在住)ながやベックマンけいこ

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