ドイツ連邦共和国への公的誓約の日 9
                     

  9月13日木曜日、その日はこれ以上望めないだろうと言う位、青空が美しく、岩山や緑の草原も輝いていた快晴日だった。
こういう日を(Kaiser Wetter) 王様の天気、天使が旅をしている日と表現する。
“公式誓約の日”(Offentlichen Geloebnis)への招待状を持ち、バードライヘンハルのゲネラル・コンラード・アテラリー 兵舎(Kaserne)まで、ザルツブルグへのアウトバーンを1時間ほど走る。
 94歳の息子のドイツの祖母も、目を輝かせて「是非、私も連れて行って欲しい」との希望があったが、本当に連れて行きたいけれど(兵舎には、昔自分の息子を訪ねて涙を流した懐かしい思い出がある)スケジュールがかなり長く、これは祖母にはハード過ぎて残念だけれど無理だと言う事になった。
 
1日開放されて全てを自由に見学できると言う兵舎に到着すると、既に多くの兵士の家族が来ていた。子供達やお爺さん、お婆さんの姿もあった。
この時、息子の迷彩色のユニフォームを着て帽子を被った制服姿を始めて見た。
まるで別人のように、随分大人の雰囲気になり、父親も何だか息子がまぶしいように嬉しいような顔に見えた。

とにかく息子はスリムとなり、いやに背が高く見えて、余分な贅肉が全て消えた。それもそのはず 息子は体重がこの2ヵ月半で8kg減ったそうだ。全員が大変な減量をしたそうだが、確かに若い兵士は全員スリムで精悍そうにみえて 全員背が高いという印象だった。

父親のクラウスも昔の徴兵時に3ヶ月間の基礎訓練で居た兵舎なので、感慨深そうにあちこちと 昔を思い出すように歩きまわった。やや磨り減った石の階段と、磨かれた年代を感じる木の手すりを見て、クラウスは、「僕のカール伯父さんもこの階段を使ったんだ」とその昔に伯父さんが歩いている所を想像するかのように感慨深そうに話した。

  午前中は、“若い兵士の訓練時の苦労話”、自作自演の演劇を見てみんなで見て笑い、(息子もセリフのある役を演じていた)その後息子が自分達の兵舎や武器装備の展示してある会場を案内してくれた。どこでも自由に見学できた。
ある部屋で、「あっこれは 元東ドイツで 僕達が使っていたナイフだ!」と言う驚きの声も聞こえてきたが、熱心にみんな見学していた。
おそらく、どの父親も徴兵制の兵役経験者なのではと、思われた。

 ランチは、息子が私達を招待した。山岳隊やドイツ伝統の料理“えんどう豆とソーセージ、じゃがいも入りの煮込み”と黒パン、いちごケーキとコーヒーで、ドイツ兵は昔からこういう煮込みを食べていたのかと納特、塩分が少し強すぎたが案外おいしかったが。
ロッカーの整理整頓の様子、ベッドメーキングの様は、「お見事!」としか言いようがなく、どこも掃除が行き届き、完璧でした。
ドイツの男性が、女性に整理整頓、掃除が上手い事を要求するのがここでよく理解できる。

 午後は、近くのローゼンハイム市の広場に移動して、そこで式典が開催された。多くの地元の協会のメンバーが伝統的な民族衣装を着け旗を持参し、楽団の行進曲と共に、エーデルワイスのワッペンを付けたグレーの帽子と制服で、500人の兵士のパレードがあった。
厳しい訓練を全員がして来たのを知っているからか、それは凛々しく、美しい若者の感動的な行進でした。みんな精悍で、いい顔をしていました。
この行進が出来る様に、練習をしていたのだと、分かった。
兵役適性度1と2は、身長が180cm~195cmとなり、息子は184cmなので、パレードを見ていて、それほど大きい方ではないのを知った。

 兵士をねぎらう市長さん(女性)や将校達のスピーチが延々と続いた。
冷戦は終わったが、国際テロに対して、自然災害に対して、このドイツの国を守る為に訓練している若い兵士に対して、励ましと感謝の言葉がおおくあった。

 兵士の誓いは次の内容であった。「私は、ドイツ連邦共和国に誠実に勤め、ドイツ国民の自由と権利のために勇敢に国を防衛します。」
これで自分達の役割を再認識し、個人が国と直接関係している事になる。

全員 直立不動で話を聞き、式典が終わる頃には薄暗くなりかけていた。
途中村のレストランで夕食を取り、息子を連れて帰宅した。
( 後で、この誓約の時、自分の日本的な要素が、少し抵抗を感じなかつたと言えば、嘘になる、と複雑な思いにもなったという。)
 本年戦後64年の夏、ベルリンの公式誓約の日の式典では、前の首相シュミット(89歳)も参列し、「この国は、あなた達の信頼を悪用はしません」と500人の基礎訓練を終えた若い兵士の前で、話している。     
おばあちゃんのお見舞い


息子のドイツの祖母は買い物に出かけた時、ころんで右手首を傷て腫れ上がり、検査と用心の為に入院となった。父親と息子が公的誓約の日の写真を持って(私は仕事で行けなかったが)お見舞いに出かけた。
 病院の玄関を入ると、誰も居ない広いロビーの片隅に、1人ポツンと小さな老女が赤いガウンを着て、なにやら物思いに沈んでいるのが目に入り、驚いた。
息子曰く、「この前は赤っぽい茶色の髪だったのに、今回は黒い髪の毛だったので、直ぐにはわからなかった。」
祖母は二人に気が付いて、「 本当に二人ともよく来てくれたわね !」と涙ぐみながら喜び、(いつも抱き合い頬にキスをする)そして、説明を聞きながら写真をとても喜んで見た。
 その後で「ちょっと あんた達2人にお願いがあるのよ。 病室は3人部屋で、82歳と85歳の女性が居て、もう病気の話と、物価が高くて年金が少ないという話ばかりで、、、話が暗くて嫌になり廊下を散歩したりしていたけれど、2人にどうしたのよ、あんた落ち着かないわね、と言われたの、 それで、
話が暗いから、ちょっといい男でも見つけてくるわよ! と言って、ロビーまで散歩に来て座ってた所なのよ。」と説明があった。
それで、どうしてロビーに1人で居たのかがわかった。
 2人の背の高い男性が、小さなおばあちゃんを真ん中にして、抱きかかえるように仲良く病室に入り、祖母は「 ほらッ、いい男を見つけてきたわよ~!」と、自慢そうに言い、2人の老女が本当に嬉しそうにとても驚いたそうだ。
 直ぐに家族だと分かるが、部屋に明るい太陽が急に差し込んだように、話が弾んで笑い声があふれた。山岳隊の話をみんな聞きたかったそうだ。
 冗談を言ってみんなを笑わせ、最後にクラウスはお別れの挨拶で、わざと眼鏡を外してよく見えない感じで、隣のおばあちゃんの頬にチュッとして、「マミーライン(お母ちゃん)、今日は何だか感じが違うね」と、ふざけると、みんながまた大笑いして、お腹が痛くなるほど笑い過ぎて、1人がプーッと音を出してしまい、また5人で爆笑。あまり笑い声が聞こえるので、看護婦さんが何事かと様子を見に来たそうだ。
 
兵役代替で老人ホームや病院で勤務する若者も多いが、高齢者と若者が接して話をする事はお互いに意味が大きいし、若者が学ぶ事は多い。かたや人件費の節約にもなり、ドイツの福祉を支えている事は確かである。

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